like tears in the rain.

Ads by Google

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
このページのトップへ

追憶のペルー5

ペルーでは、コカの文化が今でも地域によっては根強い。
コカの葉には疲れがとれる効用があると聞く。コカの葉を口に咥えてマチュピチュを登り、頂上で葉を一気に吐き出せば疲れがすべてとれてしまう、という伝説もある。

では、旅で出会ったコカを紹介しようかい。




コカ1
コカキャンディー
土産物を扱ってる店で購入。ミントのような風味があったが、意外と甘くて普通の飴だった。


コカ2
コカ茶
いろんなレストランで主に食後に飲んだ。ドブ臭いような香りがけっこう強烈だった。ネイティブによると砂糖を入れて飲むのが定石らしい。確かに、砂糖入りは意外と紅茶っぽくなってて飲みやすかった。


コカ3
コカサワー
なかなかアルコール度高し。こちらは香りが良く、とても爽やかで美味だった。酔った。これ飲んだ翌日、一時的に眩暈と吐き気がして視界が紫になり死ぬかと思ったが、あれはこれのせいだったのだろうか・・・?


気になるコカインとの関係だけど、添乗員さんによれば、こういったコカを使った飲食物では全くコカインのような効果はないらしい。

このページのトップへ

追憶のペルー4

ペルーの交通事情について。
現在はまだ市電や地下鉄などは発達しておらず、都市部でも交通手段は基本、車だそうだ。リマ市内では実際に、乗り合いのバスやタクシーの多さに驚いた。バス停がなくて道のどこからでも乗れ、また車上から「乗らないか?」との声かけも新鮮だった。歩いてる人いたら、とりあえずクラクションならす感じだったし…笑

そして車優先社会だそうで、歩行者は注意して道を横断しなければならない。
交通ルールがどうなってるのかはよくわからないけど、今のままでも一応なんとかなってるらしい。しかし、バスに乗ってても、我先にと道を急ぐ他の車との車線争いが怖かったりした。

クスコ市内には、信号らしい信号は2つくらいしかないと聞いた。実際、ほとんど見かけなかった。驚くべきことだ。

ルールがなかったら、人は何を持って状況判断をするのだろうか。多くの人が我先にと道を奪い合う様子は目の当たりにしたけれど、事故が起きたら困るから、おそらくどちらかが道を譲ってはいるのだろう。

ルールがないなら、マナーか。
ルールは枠をつくって事がスムーズに運ぶメリットがあるけど、ガチガチだとどうしても無理が生じる。マナーなら、その場の状況が最も重要だから、破っても構わない場合もあろう。ルールがなくてマナーのみでいけたら、面白いかもしれない。

ペルーの道は比較的ゆったりしていたし、看板が異常に多きかったりユーモアがあったり、自由な感じがした。空間の使い方に余裕があるというか、効率だけを求めたらああはならないんだろうな、という感じを受けた。

ルールというのも効率を意識する側面がある。効率化主義の落とし穴を見せ付けられた気がした。




P.S
SAG DOWN TV VOL.2、サーバーが混んでて見れないのが残念すぎる。楽しみにしてたのに。

このページのトップへ

追憶のペルー3

これが時差ボケか。全然寝れない。いつの間にかもう、完全に普通の朝だ。



クスコを後にした夕方だったか、砂漠を走りホテルへ向かうバスでふと思った。

素晴らしい遺跡は多くの人の賞賛を持って共有される。
国籍など関係なく、似通った感動を抱いたと思えた瞬間があったわけだ。


ある二人に共通していいと思えるものがあるなら、彼らは感情の高まりを共有できる。つまり、ある二人に共通した“いいもの”は、強い共感を生む。

強い共感は、仲間意識を生む。

仲間意識は、互いに認識することで、連帯感を生む。

連帯感は、強い結束力だ。
人数が増えるほど、個々の結束が強いほど、集団全体のエネルギーは大きくなる。そのエネルギーにしたがって、新参者が同類ならば歓迎されやすくなり、そうでないと判断が下れば排斥されやすくなる。

人は一人では生きられない。ならば群れるのは、平和のためか。群れは上記の通り、引力とも斥力ともなり得る諸刃の刃だ。

鍵は斥力にある。その根源を辿れば、斥力を生む連帯感の源となる、自分が思う“いいもの”の絶対視に行き着く。つまり、ポッキー至上主義は、プリッツ至上主義と衝突する。絶対視、至上主義、原理主義は危険だ。

世界平和を思ってのことなのだが、話が大きいのか小さいのかよくわからなくなった。

まぁまとめると、いいものはより多くの人に広めて共有し、かついいものはそれだけだと決めつけないことが大切だ。ポッキーもプリッツも好きな人が、それぞれの集団の架け橋となればいい。それの繰り返し、積み重ねが世界平和へ繋がるんじゃないか。

考えてみれば、“いいもの”でなくても強い共感は生まれる。確かに負の感情の共有で生まれる平和はあるように思う。でも、正の感情の共有で生まれる平和のほうが、言わずもがなずっといいはず。共有されるべきは“いいもの”だ。共有されるものは、常に消費に晒されることになるけれども…

今日も太陽は昇った。なんだか少し、平和が見えてきた。でもこんな出来損ないの思想も、絶対視はもちろん禁物だ。めんどくさいな。苦笑

不可能はないが、絶対もない。L-Vokalは偉大だ。


やべ、ペルー全然関係なくなってる!

このページのトップへ

追憶のペルー2〜ペルー史〜

長い長いパンアメリカン・ハイウェイを通行中に聞いた、日系ペルー人・ゴヤさんによる歴史の話が面白かった。

ペルーではかつて、テロリズムによって住民が脅えて暮らす厳しい時代があったという。テロは国の発展の大きな妨げとなっていた。そこで立ち上がったのが日本でも有名な日系のフジモリ元大統領である。農業や教育、医療を充実させるためには、その前にまずテロ撲滅が必要不可欠である、として公約に掲げ、数年かけて終にはテロを撲滅した。その後は右腕だった人に裏切られて不幸に見舞われることになったが、彼のペルー人からの支持率は今もなお依然として高く、リスペクトされ続けているようだ。おかげで日本人や日系人はペルーの人々に快く受け入れられており、ゴヤさんによれば、ペルーで一番歓迎されている外国人がまさに日本人である、という話だった。

実際、観光バスで街を通っていても、近くを歩いていたペルー人が気軽に手を振ってくれることがよくあったし、こちらが手を振ってもよく返してくれた。添乗員さんには「田舎だから危険」と注意されていたナスカのレストランでも、とても親しげにペルー人が話しかけてくれて、裏路地は時計やサイフ・アクセサリーに気をつけろ、と心配までしてくれた。

すべてがフジモリ氏のおかげとは思わないが、尊敬の念というのは人の心に深く根ざすほど、より良い影響が大きく広がっていくものなのだろうと感じた。

このページのトップへ

追憶のペルー〜ジャングル地帯〜

ジャングル1
ジャングル2
ジャングル3
ジャングル4
ジャングル5
ジャングル6
ジャングル7
ジャングル8

イメージにあったジャングルとは様子が違って(ジャングルの定義自体、よくわからないけど)、具体的にどのあたりがそうだったのかはよくわからなかった。でも、とりあえずマチュピチュへ向かう電車でジャングルを通過するという話で、確かにこれまでに見たことがないような植物がいろいろ生えてて面白かった。写真は、そのマチュピチュへ向かう道中の車窓からがメイン。


追憶のペルー1


このページのトップへ

FC2Ad

FC2ブログ 紹介予定派遣

プロフィール

ガタピン

Author:ガタピン
本や映画の感想も含め、気ままに雑記を書いていきます。

キーワード

文庫本 物語 科学 音楽 新書 映画 漫画 宇宙 美術 

最近の記事+コメント

多機能カテゴリー

<< 全タイトルを表示 >>

リンク

このブログをリンクに追加する

本棚

◆ガタピンの本棚◆

mixi me!!

RSSフィード

あし@

アクセス